収蔵品案内

江戸時代
口径 20.4cm 高台径 11.0cm  高 5.5cm

  真白い曲面に、当世流行の装飾図様、例えば抽象意匠・花卉(かき)植物・絵画風のものなどを、青・赤・緑・黄の四色を用いて描く。色絵の鍋島焼の制作理念は大筋このようなものであり、本作品の見込(みこみ=茶碗などの内面)に表されている青赤二色の4本の房文も、その規格に基づいて描かれている。

 わが国のヤキモノの持つ歴史は古いが、よりガラス質に近く堅牢な磁器の生産が開始されるのは、戦国大名が群雄割拠する時代が終わりを告げ、既に太平の世に入った17世紀前半の事。肥前国、現在の佐賀県有田町がその発祥の地である。中国や朝鮮半島で生産されていた青磁や白磁に憬れていた日本人の、長きに渡る念願が叶えられた瞬間であった。

 佐賀県有田町を中心とする磁器窯で焼かれた色絵、染付などを有田焼という。有田窯の製品を「伊万里焼」とも称するのは、伊万里津が有田で焼かれた磁器を積み出す重要な港であったからと思われ、開窯当初の1639年にはすでに文献にその名が現れる。

 それらの中でも、佐賀藩主鍋島家の御用品として藩直営の窯で焼かれていた鍋島は、焼成運営から製品の良し悪しの選定、そしてその行方までを藩による厳然たる管理のもとに統制していた。これらは鍋島家の自家用、徳川家などへの献上品をはじめ、諸大名への贈答用としたもので、一般市場に出ることはなかった。その性質上、よい意匠・斬新な絵模様を絶えず取り入れることが要求され、結果として非凡で独創的な作品が数多く生み出された。鍋島の特徴としては木盃(もくはい)形の皿、裏面三方の七宝繋文(しっぽうつなぎもん)、高台(こうだい)の櫛歯文(くしはもん)などがあげられる。また色絵を施す際の色数も限定され、原則として染付の藍色と、上絵の赤・緑・黄色の四色に限られている。このように、鍋島は日本の磁器の中では最も様式化の進んだ完成度の高い磁器であるといえる。

 本作品は木盃形をした典型的な鍋島の七寸皿で、製作時期は鍋島藩窯最盛期の17世紀後半と考えられる。青と赤の房のついた4本の組紐文が重なり交差しあう様を見込に環状に描き、中央部には何も置かず“雪のように白い”空間を見事に生かした絶妙な構図に仕上がっている。なにも描かれない白い空間が我々の視覚に与えるインパクトは、想像以上に大きい。紐の細部に目を移してみると、細い線描を施した後に、その上から線や点を乱さないように丁寧に彩色されていることがわかる。特に細線で引き連ねた房の様や、房の端の点描には、細部まで行き届いた陶工の心遣いが見て取れる。4本の組紐に青と赤の二色のみをあてがい、緑と黄を用いなかったことにより、シンプルな図柄がいっそう引き締まり彩色が引き立てられる一助となっている。左右の房が意図的に非対称に描き置かれていることも、心憎いばかりの演出となってわれわれの心を捉える。優れた着想と技量から生まれた、現代にも通じる斬新な意匠を持つ作品といえよう。

(林原美術館学芸員 浅利尚民)