収蔵品案内

池田光政 筆 江戸時代
紙本墨書 縦 21.9cm 横 31.6cm  

池田利隆の嫡男として慶長14年(1609)に岡山で誕生した池田光政は、元和2年(1616)に父の遺領である姫路藩42万石を継ぎ、翌年には幼少を理由に鳥取藩32万石に転封になりました。父を失った光政を支えたのは、当時岡山藩主だった叔父の池田忠雄(ただお:「池田系図」別本(当館所蔵)のルビによる)でした。その忠雄が寛永9年(1632)4月3日に31歳の若さで没すると、光政は忠雄の嫡男光仲と国替えを命じられ、岡山藩主になります。本作品は、光政が岡山へ入城する直前の7月25日に、神原(現在の西宮市か)で亡き忠雄を想い詠んだ和歌を自筆で記したものです。

光政は忠雄の存命中を思い、「ましハりを父子のおもひになすらへしに」と振り返っています。幼少時に父を失った光政にとって、叔父忠雄は「父」そのものであり、深い信頼関係で結ばれていたのでしょう。忠雄が没した際の心情を、「うき(憂き)にそふ涙ばかりをかたみ(形見)にてみし面影のなきぞ悲しき」という和歌で表しており、もう一首、清原元輔の古歌「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の末山波越さじとは」を記し、和歌中の「末の松山」(現宮城県多賀城市)を墨画で描いています。これらの和歌からは、忠雄を慕う光政の気持ちが伝わってきます。
光政の叔父への心情があらわされた本作品は、大名個人の心性に迫れる史料として、また池田一族の近世における関係性を考える上でも貴重です。平成23年10月30日(日)~12月25日(日)まで、当館で開催する企画展「戦国の雄 池田家」で、約14年ぶりに展示する予定です。

(林原美術館学芸員 浅利尚民)